書道ガールズのようなことを今日の書道でやりました。
僕は人の名前を小さい筆(小筆)で書くという練習をやっていましたが、その横で豪快に大きな筆で「彩雲」という文字を書く他の生徒の姿をみて、「あー、やってみたいなぁ・・・」とちょっと思っていたら、先生である伯母が「やってみる?」と聞いてきたので即答で「はい!」と言いました。
で、まず何をやっていいのかわかりません。
筆をどう持つのか、墨が入ったバケツをどう持つのか、紙をどう押さえるのか・・・。
勢いでやればいいということでしたが、そんなこと言ったってという感じで、実際やるのと見るのでは大違いなわけでして・・・。
とりあえず、乾いた筆でお手本の文字をなぞってみました。
2回、3回となぞっていくうちに「お、やれるかもしれない」と思って、思い切って書いてみました。
意外にも紙にいっぱい、それっぽいものを書くことができました。
やっぱり俺も1年間、月2回やってるからその成果がでたかなとかちょっと思いました。
で、せっかくなんで嫁もやらせてもらいました。
ですが、さすがに嫁の方が上手かったですね。
中学3年生までやっていただけあります。
じゃ、お手本を見せますねと言って伯母が書くところを見せてくれました。
「えりゃー!」という掛け声と共に、「彩」の1画目に墨がビチャっと入り、そのままリズムで一気に「雲」の最後までサクっと書きました。
僕は伯母の背後からこの様子を見ていたわけですが、背中でその人の生き方を学ぶと言う意味がわかりました。
人は親の背中を見て育つといいますが、それは本当であるとこの時、本能が言いました。
僕は「あーでもない、こーでもない」と自分なりに考えて、勢いをつけてなるべく早く、そして豪快に筆を一生懸命動かして、多分15秒ぐらいかかって書いたのに対し、伯母は多分5秒ぐらいで書きあげました。
その瞬間だけ、あまりに次元の違う人間が自分の前に存在していることを本能が察したらしく、降伏、惨敗、心地の良い負けの涙がでました。
哀川翔が19歳の頃、当時、不良達をまとめていた中野英雄を3秒で泣かした話をテレビでやっていましたが、その理由がわかった気がしました。
本能でわかる瞬間と言うのが人間にはあるのです。
多分、それは世の中では「オーラ」という言葉で呼ばれていて、その気配を読みとれる人と読みとれない人、感性の違いというのでしょうか・・・、どちらが偉いとか偉くないとかそういう話ではないのですが・・・。
書いていてもどかしい。
その瞬間が説明できない・・・。
とにかく言いたいのは「本物」を見ることにより、今まで頭で考えていたことなんてぶっとんでしまうということです。





